映画の話をしよう

時代にあった「映画の話」を独断と偏見で書きまくり、喋りまくります。ほとんど脱線状態ですが、時たま、まともなことも・・・。時代に合っているかどうか、果たしてどうなることやら。(2009年6月4日)

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映画の話をしよう(映画の本の話篇)

ステッカム・ライブ 2009年4月9日
映画の話をしよう(映画の本の話篇)

映画の本 山本嘉博著「高知の自主上映から 映画と話す回路を求めて」について。
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コメント


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結局、読んでいただけたのでしょうか

はじめまして。
 十年以上も前の拙著について、読む前からいろいろ語っていただき、とても興味深かったです。目次からの思いを伺うと、いくぶん誤解もあって改めて見出しの付け方の難しさを思いました。
 ひとつ訂正と言うか、高知の状況報告です。他県では見られないことかもしれませんが、高知ではいまだに自主上映が盛んで、昨年一年間でも映画館で公開された映画が194本に対し、映画館以外で上映された作品が189本でした。
 友人が「チネチッタ高知」というサイトをやっていて、そこに「■自主上映カレンダー」というのがあるので、URLに入れておきます。御覧になってみてください。

山本嘉博 | URL | 2009-08-06(Thu)00:52 [編集]


はじめまして

<(_ _*)>"

高知のしがない映画好きでゴザイマス
10数年前に読んだ本の忘れていた内容を
思い出させていただきマシタ

美術館に関するコトで若干の誤解があるよーだので
よけーなお世話かもわかりませんがご説明イタシマスと
高知県地方、ドコの地方でもそーかもデスが
もはや街中の映画館が絶滅してしまいまして
美術館ホールは、貴重な映画上映可能なホールとシテ機能してマス

美術館だからとゆってモノを制限出来る状況じゃー多分なく
いろいろな映画をいろいろな団体が利用シテ提供してくれてマス
マタ、映画館がなくなった商店街ではタマに無料星空映画会なんかも行われ
ソコらの人々が三々五々集まってきて一緒に映画を観る
そーゆった催しが出来るのも
このよーな自主上映を脈々と続けてくださっている方々のオカゲ
自主上映を見続けているお客さんのオカゲ
わたくしのよーに、タマに行くダケの者も
その恩恵に預かれる有難みを感じるコトがしばしばゴザイマス

自宅でDVDもいーデスが
やっぱしたくさんの人々と笑い声や感動を共有出来るのは
映画の素晴らしートコロで醍醐味デスからねー・・
美術館だろーが商店街のアーケードだろーが
「こーじゃなくちゃイケナイ」みたいな感覚はアリマセン

観れるトコロで観るとゆー感じ

オカゲで、映画はとても生活に密着した土地柄だと思ってオリマス
シネコンでも、他県では上映しないよーなミニシアター系映画がかかりマス
コレも、自主上映団体さんたちが「圧力」をかけてくださったオカゲだそーで
そんな意味でも当地の自主上映活動は現在もヒジョーに重要な存在なのデスよー(*‘ ‘*)b

突然、みょーな文章でお邪魔して失礼イタシマシタ

<(_ _*)>"

四季 | URL | 2009-08-08(Sat)08:47 [編集]


コメントありがとうございます

山本 様
コメントありがとうございます。
まさか、著者の方が書き込みされるとは思いもしませんでしたので、喋り倒しのご無礼お許しください。

本は読ませてもらいました。解りやすい文章で楽しめました。

四国はボクにとって、この15年ばかり不思議な魅力がある場所です。友人も何人かいて、そのなかの映画に詳しい人がいろいろと四国の映画事情を教えてくれます。

改めてこの本を読んでみると高知の映画ファンのパワーに頭の下がる思いです。

本を読んでいてチョット気になったのは産業としての映画と、文化としての映画という事です。この2面性はいろいろな問題があると思います。最近のアートや音楽、演劇などにも通じると思いますが、一体ボクらの文化というのは何なんでしょうか?。

映画館が減少していく中、地方の市民会館などが上映を行っていたということは聞いています。それはあくまでも映画館の延長線上にあったと思います。

最近は美術館などが積極的に映像をとりあげていることも多いと思いますが、その辺はちょっと不安な点もあると思います。もちろん上映しないより、した方がよいとは思いますが・・・。しかし、そこでイーストウッドの初期作品が上映されるには、まだまだ時間がかかりそうです。渥美清の旅行シリーズなどが上映されるには気の遠くなるような時間がかかると思います。

その意味では自主上映の皆さんのパワーに期待するとともに、多少の不安を感じます。

13号倉庫

13号倉庫 | URL | 2009-08-08(Sat)11:36 [編集]


読んでいただき、感謝です。

13号倉庫さん、こんにちは。

 チョット気になったとの「産業としての映画」と「文化としての映画」の件ですが、僕は、換言すれば「経済活動としての映画産業」と「精神活動としての映画表現」というようなニュアンスで捉えています。非常に乱暴な括り方をすれば、産業=モノ、文化=心というようなイメージでしょうか。
 もちろん文化もモノ抜きには形になりませんし、モノのなかにも心はあります。ですが、誤解を恐れずに言えば、そういうことになります。
 また、美術館と映画の関係ですが、美術館も最近は随分柔らかくなっていて、高知では、
美術館特別上映会“増村保造映画祭”:拙日誌↓
http://wwwd.pikara.ne.jp/magarinin/2002j/05.htm
美術館特別上映会“怪談映画大会”:拙日誌↓
http://wwwd.pikara.ne.jp/magarinin/2003j/19.htm
美術館夏の定期上映会 “特撮映画大会”:拙日誌↓
http://wwwd.pikara.ne.jp/magarinin/2005j/10.htm
といったものを上映しているんですよ。

 もっとも自主上映それ自体の先行きはご懸念いただいている通り、甚だ心もとない限りで、やはり僕は嘗て拙著にも記したように文化行政の一翼を担う形での官民協働を抜きには継続し得ないと思っています。でも、互いの溝は、けっこう深いんですよ(とほ)。

 ともかくも、僕にとっては思い出深き著作ながら、もはや人の話題に上ることなど思いもよらずにいたものに、こうして目を向けていただき、読んでもらえて大変うれしかったです。どうもありがとうございました。

山本嘉博 | URL | 2009-08-08(Sat)13:05 [編集]


四季さんへ

書き込み、ありがとうございます。

案外、自主上映というのは「映画の見方」の保存会のようなものなのかも知れませんね。ボクもスクリーンで見る醍醐味はしっかり覚えています。ビデオとかDVDで見るのとは一味違う経験、学校の上映会、お祭りの野外上映会、そして大スクリーンでの上映。昔、フラッと入った映画館のロビーで次の上映を待つ間のワクワクした時間。そんなムダな時間を含めて映画館で映画を見るのは楽しかったです。

時代は変わり、シネコン全盛の時代。上映時間ギリギリまで入場できず、トイレに行くのも落ち着きません。

美術館での上映は、やはりアート系とか名作にかぎられているようですが、いつの日にか、山本晋也監督の作品とか、アートとか関係ない作品がガンガン上映されると良いですね。

13号倉庫 | URL | 2009-08-08(Sat)15:03 [編集]


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